賃金の動向や労働時間を把握するのに最も注目される指標の1つである毎月勤労統計。GDPの算出や雇用保険金の給付の際にも用いられます。
そんな、何かと重要度の高い指標ですが、15年以上不正が行われていたことが発覚。賃金水準の引き上げや働き方改革など、雇用関連の政策を実施する際にも参考にされる統計なだけあり、世間に衝撃を与えました。
実際に行われた不正の概要としては、従業員500人以上の事業所で、全数調査として調査するべきところを、サンプリング調査に切り替えて調査し続けていたということです。その上、データの補正もせずに公表していたとのことですので、信じられないお話しです。
例えば、100件全数調査すべきところを、20件しか調査していない上、その20件の結果×5もせず、そのまま放置した、なんて聞いたら呆れますよね。それと同じようなことが今回の不正調査では、行われていました。
さらにタチの悪いことに、2018年以降のデータだけは、訂正していました。そのため、2018年以降の賃金だけ急上昇したように見える訳です。
ですので、毎月勤労統計の過去動向を確認する際は、こういった背景があると理解した上で見ていく必要がありますので、注意が必要です。
目次
毎月勤労統計ってどんな指標?


毎月勤労統計とは、労働者5人以上の事業所33,000社で働いている労働者の月々の賃金(所定外給与、特別給与、所定内給与)、労働時間(総労働時間、所定外労働時間、所定内労働時間)や雇用者数を調査し、集計したものです。
厚労省が毎月発表しており、調査対象月の翌々上旬に速報値、下旬に確報値が発表されます。
このように、労働者の雇用状況について調査し発表する指標ですが、その中でも特に注目されるのが、「賃金指数」です。賃金指数は、「所定内給与(基本給)」「所定外給与(残業代)」「特別給与(ボーナス)」の3つから構成されています。
また、賃金指数には、調査対象の労働者が1ヶ月間で貰った現金給与総額を単純に総計した名目賃金指数と、名目賃金指数を消費者物価指数で割り、物価変動の影響を除いた実質賃金指数の2種類があり、両方とも注目度は高めです。

雇用者数や賃金指数は、現在の景気動向を表していない!?
テレビや新聞などで、「〜月の雇用者数は、…%減」や「実質賃金は、〜ヶ月連続で減少」といったニュースを見ると、如何にも現在の景気が悪化しているかのように聞こえますよね… しかし、雇用者数の増減や、賃金の増減は、現在の景気動向を反映している訳ではありません。


毎月勤労統計に含まれる「雇用者数」や「賃金指数」は遅行指数であるため、毎月勤労統計は遅行指数としての色合いが濃い指標だと考えられます。なぜ、雇用者数や賃金指数が、遅行指数に分類されるのか?についての理由は、以下の通りです。
例えば、景気の悪化により、企業が業績不振に陥っているとします。そういった状況下でも、いきなり、「よし、リストラしよう!」とはなりませんよね。そもそも、日本の法律上、社員を景気が悪いからといって簡単に解雇することはできません。また、給料や賃金の減額に関しては、労使による対等な決定が原則であるため、一方的に減額することは、許されていません。
景気拡大期も同様で、業績が好調で、業務量が増えたとしても、すぐに新しい社員を雇おうとはせず、既存社員の残業を増やすことによって対応しようとするのが一般的です。
以上から、「雇用者数」や「賃金指数」は、遅行指数であり、景気動向を遅れて反映する指標であると言えます。


しかし、賃金指数の全てが遅行指数という訳ではない


そもそも、賃金指数に含まれる3つの要素の定義は、それぞれ以下の通りです。
① 所定内給与 : 基本給+残業代以外の諸手当
② 所定外給与 : 残業代+休日出勤手当てなど
③ 特別給与 : 突発的に支払われる給与
平たく言うと、①所定内給与=基本給、②所定外給与=残業代、③特別給与=ボーナス、となります。
この中でも「所定外給与」、すなわち残業代に関しては、現在の景気動向を反映する一致指数だと考えられています。
先程、軽く触れましたが、景気が回復して売り上げが増加すると、それに比例して仕事量も増えます。仕事量が増えれば、企業は、いきなり新しい人を雇ったり、基本給を増やしたりせず、まずは、社員に残業をしてもらい増えた分の仕事を処理しようとするのが一般的です。それにより、所定外給与(残業代)が増えるため、賃金指数の中でも「所定外給与」は、一致指数だとされています。
しかし、所定外給与が給与総額全体に占める割合は、約5%程度であるため、全体として、「賃金指数」は、遅行指数だと言えます。

毎月勤労統計の読み解き方


ポイント①
賃金指数の3要素は、どのような順番で、景気動向に反応するのか理解する
賃金指数といえば、所定内給与(基本給)が注目される傾向にあります。しかし、ここまで読んでいただいた方はお分かりになると思いますが、「所定内給与」は現在の景気動向とほとんど関係ありません。
先述した通り、最も景気に敏感に反応するのは、「所定外給与(残業代)」です。そして、企業の業績が上向き、所定外給与の次に水準が上がるのは「特別給与(ボーナス)」となります。その後、かなり遅れて「所定内給与(基本給)」が上昇するといった流れになるため、「所定内給与」はどうしても、景気動向に遅れをとってしまいます。それにも関わらず、所定内給与が大体的に報じられる傾向にありますので、所定内給与は、現在の景気動向を反映していないと理解した上で、指標を読み解くことが重要となってきます。

ポイント②
所定外給与(残業代)に注目することによって、雇用情勢や消費動向の先行きを推測する
企業の売り上げが良好で仕事量が増加した際、企業側は、社員に残業をさせることによって、対処しようとしますが、それには限界があります。
そのため、仕事量の増加は、新しい人材を雇用しようとするインセンティブになります。従って、所定外給与の増加は、最終的に新規雇用社数の増加につながるのです。
また、所定外給与の増加は、特別給与や所定内給与の増加につながり、その結果、消費の増加につながる可能性が高くなります。従って、所定外給与の増加は、先行きの消費の増加にもつながり得るのです。
こうしたことから、所定外給与の推移を追うことによって、雇用情勢や消費動向の先行きを推測することができると言えます。
ポイント③
毎月勤労統計を読み解く上で、注意するべき2つのこととは?

①定期的に調査対象が入れ替わるため、「実数」での比較は危険。
②労働者全体に占めるパートの比率が上がれば、全体の平均賃金の押し下げ原因となる。
- ①定期的に調査対象が入れ替わるため、「実数」での比較は危険。
毎月勤労統計では、定期的に調査対象である事業所の入れ替えを行っています。入れ替え方法としては、30人以上の事業所(約2万事業所)については、1年ごとに順に3分の1ずつ入れ替え、5〜29人の事業所は、半年ごとに3分の1ずつ入れ替えが行われます。
*30人以上の事業所の入れ替え方式については、平成30年1月から変更されています。詳しくは、毎月勤労統計調査 調査対象事業所の入替え方式の見直しについてをご参照ください。
このように、頻繁に調査対象が入れ替わっているため、なんの修正も加えられていない「実数」で過去の動向と比較すると、ミスリードしてしまう可能性が高くなります。一方で、基準年を100とした指数では、入れ替えによる断層(ズレ)は、修正された上で公表されますので、時系列でデータを分析する際は、指数で比較することをおすすめします。
- ②労働者全体に占めるパートの比率が上がれば、全体の平均賃金の押し下げ原因となる。
一般的に、パートタイマーの給与水準は、一般労働者と比較して低い傾向にあるため、パートタイマーが増えると、1人あたりの平均賃金の水準の押し下げ要因になります。従って、平均賃金の動向を追う際には、そのような可能性も踏まえた上で、データを見ていく必要があります。
まとめ

毎月勤労統計 | |
調査機関 | 厚生労働省 |
公表日 | 調査対象月の翌々月上旬 |
指標概要 | 労働者の月々の賃金、労働時間、雇用者数について公表する指標 |
調査対象 | 33,000社の事業所 |
調査対象の入れ替え期間 | 30人以上の事業所については、 1年ごとに順に3分の1ずつ入れ 替え。5〜29人の事業所は、 半年ごとに3分の1ずつ入れ替え |
その他 | 毎月勤労統計は、主に賃金の 動向を掴む際に使用される |
参考文献
・毎月勤労統計調査って何?-厚生労働省
・どれほど深刻? 厚労省の不正統計問題を「超」分かりやすく解説-SankeiBiz